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サッカーのマッチレポートなどを中心に。その他サッカーのうんちく系ブログ。

サッカーにおける二つのイデオロギーの対立のお話

さて皆様、こんにちは。とうとう世間はゴールデンウィークに突入し、5/2には、川崎対FC東京という僕の一押しカードがあります。



以前もネタにしましたが、このカードは「サッカーにおける究極のイデオロギー対決」っぽくなってますので、本日は、サッカーにおける二つの主要なイデオロギーの話をしようと思います。この話はサッカーの話で暇つぶしするのに最適です。



ぶっちゃけ、人間はどうしても戦争するしかない生き物でして、資本主義VS社会主義、おっぱいVSケツ、きのこたけのこ戦争、フローラビアンカ戦争、唐揚げにレモン大戦争、etc...きりがありません。主義思想から、女の子の好み、花嫁選び、食い物、ゲームにいたるまで、人は戦争をせねば気がすまないのです。平和など人間がいる限り、決して訪れないのですよ。人間というのは心の奥底では戦争を望んでいるのです。




将棋でいえば、



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これは「三月のライオン」のキャプになりますが、居飛車党vs振り飛車党の戦争ですね。




そして、サッカーにおいても、この手の戦争が存在します。どういうモノかってーと、「相手より一点でも多く取れば勝てる派」と「相手より失点が1点少なければ勝てる派」の間の戦争です。



今回のエントリでは、この二つの派閥の基本的な考え方について紹介します。




サッカーにおける「相手より一点でも多く取れば勝てる派」、別名クライフ教の主張について


さて、まずは、こちらの派閥の話から始めましょう。「相手より一点でも多く取れば勝てる派」ってーのは、ようするにヨハン・クライフの信奉者であり、サッカー左翼、ボヘミアン、メノッティ派、あるいはロマンチストと呼ばれる人々のサッカーです。基本的にサッカーにおいて「あの監督はロマンチスト」と言うフレーズは、「いくら点を取られても、相手より1点多く取ればいいと信じてるアホ」の婉曲表現です。



この派閥の基本的な考え方は、ヨハン・クライフがすべて説明してるんですけど(だからクライフ教)


「美しく勝利せよ!」


「美しく敗れる事を恥と思うな、無様に勝つことを恥と思え。」


「守り切って勝つより、攻め切って負ける方が良い。」


「いくら点を取られても、相手より1点多く取ればいい」

こういう考え方です。アルゼンチンだと、この手の主張はメノッティ派に分類されます。



いくら点を取られても、相手より1点多く取ればいい」というのが、これ系の派閥の基本的な考え方となってまして、これ100%真実です。ただし、5点とられた相手に6点取り返すというのは、現実的にはほぼありえない為、この手の主張をする人々は、右巻きのサッカー関係者から冷笑されるのが常です。




これ系のイデオロギーの信奉者は、日本で言えば風間サッカーであり、前に人数かけて攻撃するサッカーをやるチームの監督は、僕の基準ではロマンチスト、サッカーにおける左翼、サッカー芸術家寄りの人々です。



でもって、こっちの人々の特徴として、ことあるごとにモウリーニョを非難したり、負けると対戦相手をアンチフットボールとか言い出したりします。困ったモンです。ドラクエにおいて、ビアンカ派がフローラ派を「人間のクズ」「人でなし」「お前の血は何色だーー」と罵るようなもんです。




ちなみになんですが、ヨハン・クライフにとって最も面白いサッカーとは、イングランドのサッカーです。理由は



だそうです。あながち間違ってません。



ただ、クライフ教なんですが、この手の宗教の信者は、



と主張することが多いせいか、守備がホント適当になります。現実的には、失点する時は10秒でカウンターで点取られてしまう訳で、90分間ボール持つなんて不可能なんですけどもね。


あと、クライフの元チームメイトで、バルサBで長い事監督したり、クライフが監督やってた時、バルサで一緒に働き、その後、バルサで監督やったり、横浜フリューゲルスで監督やったカルロス・レシャックなんですけど、彼もフットボール左派です。彼がフリューゲルスで監督やってた時代のエピソードがもの凄くて、



サッカー戦術クロニクルII

サッカー戦術クロニクルII



こっちの本に、レシャックがフリューゲルスで監督やってた頃のエピソードが載ってるんですが、



Jリーグのある試合で、横浜は0-1で負けていた。このときのハーフタイムでのレシャック監督の言葉がいかにも”らしい”。


「いいかお前ら、これがサッカーだ」


レシャックは「このままでいい」と言った。


「パスが40本もつながっている。これがサッカーだ。このまま続けろ」


また、山口(素弘)は本来のMFからセンターバックに下がるように指示されたことがあった。センターバックはやったことがないので、どうやって守ればいいのか聞いたところ、


「少しボールの回りが悪いので、後ろに入って回してくれ」


守備のために下げたわけではなかった。それでも守備はしなければならないから、なお聞くと、


カウンターをケアしろ。適当にオフサイドトラップをかければいい」(原文ママ)


守る気はないのだ。そもそもレシャックは守備の練習をしたことがなかった。パスを回し、ボールを保持して攻撃をし続ける。それがレシャックの、バルセロナのやり方なのだ。パスワークの練習やミニゲーム、紅白戦では相手がいるので、どちらかが攻めていればどちらかは守っている。だから守備の練習もしている、そういう理屈である。

MFをCBにして「パス回せ」とか指示してみたり、守備は「カウンターのケアして適当にオフサイドトラップかけとけ」と言ってみたり、守備練習をやらなかったりと、Jリーグの某チームを思い出す人がいるかもしれませんが、これが左翼サッカーが最終的にたどり着くべきアルカディアです。


ネタにしか思えないかもしれませんが、30年ほどコレを続けるとバルサが出来ます。僕は時々、バルサのことを狂信者のサッカーと呼びますが、30年間、アホみたいに一つのことを続けると、史上最強のチームが出来ることもあります。ただ、一つの教義を狂信的にやり抜く必要があるので、まあ、普通のチームじゃ無理ですね。



サッカーにおける「相手より失点が1点少なければ勝てる派」、別名アンチフットボールについて


つぎにコレいきましょうか。こっちの主張は、アンチフットボールだの、アルゼンチンにおけるビラルド派だの、右翼のサッカーだのとレッテル貼られる事が多いアレです。この派閥は無意味に敵が多く、勝っても「良かったのは結果だけ」とか皮肉られるサッカーです。イタリアでのみ「ウノゼロの美学」とか正当化されてます。



こっちの教義における「相手より失点が1点少なければ勝てる」という主張そのものには何の問題もありません。ええ。何も問題ありません。むしろ、「これこそが勝利への近道だ!!」と叫びたくなる人も多いんじゃないかと思います。スポーツの世界では昔っから「守備を制するものは勝負を制す」と言われてますからね。



ただし、この主張をサッカーに応用した場合、全てはフィジカル的な戦いと守備的なポジショニングに還元される事になります。



基本的に、サッカーにおいて、守備は一番フィジカルにモノを言わせる割合が高いですし、守備はポジショニングが極めて重要になります。面倒な監督になるとセンチ単位で守備のポジショニングにケチつけてくる始末です。サッカーみたいに広いフィールドで勝負するスポーツで、センチメートルのポジショニングとかアホじゃねぇの?と思うかもしれませんが、面倒な監督はそういう事を要求してくるんです。




この部分については、元アルゼンチン代表監督のメノッティが言ってますが、


「ここには右翼と左翼のフットボールがある。」


「右翼のフットボールとは、人生とは苦闘であることを示そうとする。犠牲を求める。われわれは鉄になり、どんな手段でも勝たなければならない・・・命令に従い機能する。それが権力を握る者たちが選手に求めるものだった。そうすることで、システムに従う、役に立つ馬鹿を創り出すのだ。」

前述しましたが、メノッティってのはサッカーにおける美しさを重要視するロマンチストタイプなんですが、「相手より失点が1点少なければ勝てる派」(アルゼンチンにおいてはビラルド派と呼ばれます)をとてもとても嫌っていまして

「選手は勝つために犠牲を払え」
「どんな手段を使ってでも勝たなければならない」

という主張を唾棄しています。メノッティは、「どんな分野でも、文学でも、芸術でも、フットボ-ルでも、大まかに分けて二つの流れがある。美を尊ぶものと、美を踏みつけるものだ。」って名言を残していますが、コレ、「相手より失点が1点少なければ勝てる派」に対する強烈な皮肉です。



「相手より失点が1点少なければ勝てる派」のサッカーというのは、大概の場合、守備を徹底的に組織して、攻撃にかける人数を制限し、フィジカルにモノを言わせたボール奪取からのカウンターに命をかけてるサッカーです。要はモウリーニョですけど、モウリーニョより悪名高い監督が一人います。




この究極系といっていいのが、カテナチオのご本尊、エレニオ・エレーラのグランデ・インテル(スクデット3回、チャンピオンズカップ、インターコンチネンタルカップを2連覇)でして、エレニオ・エレーラって監督は、イングランド・サッカー界からはとにかく憎悪を持って記憶される存在です。そもそもカテナチオほど、悪名高い戦術システムは存在しませんが、その創始者と見られるエレーラの評判が悪いのは、しょうがない部分もあります。


リスボンのライオン」というのをご存じでしょうか?


1967年、ポルトガルの国立競技場で行われた欧州チャンピオンズカップ決勝において、下馬評を覆し、ジョック・ステイン率いるセルティックFCが、エレニオ・エレーラのインテルを打ち破った試合の事です。この試合の勝利によって、カテナチオの無敵神話は崩れ去りました。そしてイングランドのサッカー関係者を大喜びさせました。そのくらいイングランドで嫌われてました。



エレーラがここまで嫌われたのは、彼には、八百長疑惑、薬物疑惑、審判買収疑惑とあらゆる黒い噂があったんですが、最大の理由は彼が「勝つ為には何でもやる男」という風に見られていたからです。相手チームの選手を怪我させる事も、審判を買収することも、自分の選手に薬物を投与することまでも。




このように、こちら側のサッカーを突き詰めていくと、選手はチームのプレーに合わせねばならず、監督の要求を満たさねばなりません。それが出来た上で、個人の技能を発揮することが許されます。よーするに、戦術は、チーム内における最も優れた選手に合わせて選ばれるという考え方は廃棄される訳です。全ては戦術優先であり、選手の個性は二の次なんです。



「システムに従う、役に立つ馬鹿を作り出すサッカー」、メノッティなら、そういう風にいうでしょうが、守備優先のサッカーでは、結局、守備システムに従う、役に立つ馬鹿が優先されるんです。DFとボランチを増やしてFWとトップ下を減らし、汚いプレー、裏での工作も「勝利」のためには正当化されます。



これ系のサッカーが強いと、「このままではフットボールが死んでしまう」って言い出す人が絶対出てくるんですが、それ系の予言が当たったことは今まで1度もないので安心してください。



5/2のFC東京対川崎フロンターレの試合なんですが


最後になりますが、今シーズンのFC東京対川崎フロンターレの試合は、浦和対ガンバの試合よりも、僕にとっては重要度が高いです。




というのも、この試合結果は、Jリーグでのイタリアサッカーの評価そのものに関わってくるんです。結局のところ、FC東京でフィッカデンティさんがやってるサッカーというのは、結果重視のサッカーです。勝つ為には1-0で十分、2点目を無理に狙う必要なしってサッカーです。90分間相手を圧倒する必要などなく、90分間相手を圧倒しないといけないというルールもありません。だから、相手にボール渡して守りきることには何の抵抗もありませんし、主導権を握ってない事に満足している節すらあります。


湘南戦の後、「わたしたちのチームの特徴として、常に攻守のバランスがとれている、ということが言えると思います。」とか言ってまして、これを聞いたとき、「全然、攻撃で前に人数かけてこない癖によくいうよ・・・」と思ったモンです。攻守のバランスという建前の下で、前に人数かけないサッカーやるのがイタリア人サッカー関係者です。


こういうサッカーが強いと大喜びする人達は、日本にもいらっしゃいます。サッカーで右巻きの人達は大歓迎でしょうね。「日本には守備の文化がないから世界で勝てない」と主張するような人達にとっては、FC東京が勝てば勝つほど有り難い話なんです。結局、サッカーは結果の世界ですから、守備的なサッカーやるチームが勝ってないと、主張に説得力がない訳です。


フィッカデンティさんが勝てば、「守備を制するものが勝負を制す」派の人達の大勝利です。



一方で、教祖・風間ヤヒーロ率いる革命軍、川崎フロンターレですが、もう間違いなく左巻きのサッカーチームです。こないだの柏戦なんて、途中から、川崎で唯一守備のできる角田を下げて、FWの船山を投入する尖りっぷり。


試合後の監督コメントが、これまた傑作なんですけど




www.frontale.co.jp


[公式記者会見 総評]


風間八宏


珍しくテンポが出なかった。あるいはリズムが取れなかったというひと言に尽きる試合だと思います。それはなぜかというと、自分たちでボールを動かして相手を動かすことができなかった。これだけボールを欲しがらない試合はあまり見たことがないなと。これで自分たちのベースのものが消えてしまうので、我々はこの後2日間ありますが、技術が落ちているのではなく、頭の中を切り替えるということが一番大事。それを次の試合でも示さないといけない。そういう試合だったと思います。


最初っから、この調子です。試合みる限り、川崎のバイタルがすっかすかで、攻守の切り替えが遅かったのが4失点した原因にしか思えないし、負けた理由なのですが、ここの監督はそれでも「ボール回し」の話から入るんです。



ここまで尖ってると、もう何も言う気はございません。自分のサッカー哲学に殉じ、舟が沈む時には、「俺達のサッカー」という旗を握りしめたまま、そのまま一緒に沈んでいく気なんでしょう。大抵の人は旗を投げ出してボートに乗って逃げ出すのですが、風間さんは旗と一緒に沈む気満々です。これはモノホンの英雄です。この人ね、打ち合いやって負けるなら別にいいやくらいで監督やってると思います。




最後に試合の方なんですけど、





これはクライフの名言ですけど、ウノゼロで勝ったらフィッカデンティさんの勝ちですが、4-5でFC東京が勝っても、いわゆる「試合に勝って勝負に負けた」状態ですので、そこだけ気をつけてください。川崎は泥沼の打ち合いに持ち込めば勝ちで良いです。1-0で勝っても、面白くないので、そういうのは止めてください。大差で勝つ、大差で負ける、打ち合いで勝つ、打ち合いで負ける、どれも許されますが、僅差で勝つ、僅差で負けるのはダメですよ。




最後に僕はどっちの派閥かと言われると、左巻き気味ですので、川崎とか柏、鹿島、名古屋なんかのサッカーがウェルカムでございます。だって点入った方が面白いじゃん。



今日はこのあたりで。ではでは。