ハンドボールの速攻とサッカーの速攻の話
皆さん、こんにちは。今日は、磐田の話でもしようかと思ってたんですけど、その前に色々と思うところがありまして、ちょっと話題変えて今日はサッカーの速攻の話でもしようかと思います。
といっても、サッカーの話がメインというわけではなく、どっちかというとハンドボールの話がメインになりがちにはなりそうですが、おつきあいくださいませ。
イタリアサッカーにおいて何故カウンターという言葉が近年使われなくなってきたのか?
まず、最初にこの話をしようと思います。この話は、そのまま「世界が指摘する岡田ジャパンの決定的戦術ミス」のP254から引用します。この本、題名はアレですが、内容はイタリア人監督5人に岡田ジャパンの試合をみてもらって分析してもらうという至極まともな本です。
ちなみに、近年イタリアではカウンターという言葉を使うケースが極端に少なくなっています。理由は、近代サッカーがかつてのそれとは大きく変化し、守備から攻撃の切り替わりを表す言葉もそれに伴って変化したからです。出来る限り高い位置でボールを奪い、一気に雪崩こむような攻撃に移る。守から攻に移ることを「リスタート」と呼びますが、そのイタリア語である「リパルテンツァ」が、今日のカウンターを指す言葉として使われています。
と、この部分ですね。
最近はトランジションサッカーという呼び方になってきていますが、かつてのサッカーにおける「カウンター」が用語として使われなくなってきて、今日の「リパルテンツァ」に取って代わられたのは、攻守の切り替えの速度が猛烈に上がり、試合のテンポやリズムがかつてとは比べのものにならないほど増しているのがモダンサッカーだからです。
ドルトムントのトランジションサッカーのお話
さて、ドルトムントの話をここからしましょう。あそこのサッカーは監督が言ってますが、基本トランジションサッカーです。ボールを出来るだけ高い位置で奪って、そのまま雪崩の如くゴールに迫ります。ポゼッションもできますが、基本は超高速のトランジション(攻守の切り替え)からの速攻が最大の武器です。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=MAslXaukJqE
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=bD3Pr3F0B_4
いい具合に話題になってた香川の動画があるので貼っておきますが、ドルトムントはボールを奪ったら素早く香川かレバンドフスキーに当てて、そこから一気に攻撃のスピードを上げて相手のゴールに雪崩こみます。ただ、ドルトムントは、ボールの奪取位置が低くても鋭いカウンターをすることが出来ます。この時のメカニズムがポイントです。
動画をみてるとすぐ気づくことがあると思うんですが、ドルトムントの速攻のパターンです。香川のお仕事といってもいいんですが、主に3パターンあります。
ドルトムントは高い位置でのプレスを交わされた場合、低い位置に9枚のブロックを作って守ります。
こんな具合です。で、この状態だとボールを取り返した時に前へのパスコースはレバンドフスキしかありません。なんで、大概、ドルトムントは、この状態の場合、一回、香川にボールを当てます。ここで、香川が前を向くことに成功した場合、
1、香川からレバへスルーパスを入れる。
2、香川がボールを運ぶドリブルを入れて、両サイドのクバとグロスクロイツの上がりを待ち、香川からクバかグロクロに展開。
という形に持ち込みます。これがドルトムントの低い位置からのトランジションです。
図にするとこんな感じです。香川にボールを当てて、そこで香川にタメを作ってもらい、その間にWGが駆け上がって香川からパスを貰います。
また、香川にマークがついている場合は、香川のフォローにボランチかウィングが入り、香川からボールを落として貰い、両サイドのWGに展開します。
図にするとこうなります。これがドルトムントの速攻のパターンなんですが、もう一つ、ドルトムントの場合、特徴的な速攻があります。今日は、その話をしようと思ってます。
普通、速攻といったら、相手の守備陣が帰陣する前に終わらせるのが普通です。ただし、ドルトムントの場合、そこから連続して波状攻撃をかける事があります。相手の守備ブロックが整っていても、その前から一気にたたみかける事があります。そういう時は、香川が低い位置を取っている事がよく有ることに気づくんですけどね。
なんで、こういう話をする気になったかというと、ハンドボールの速攻戦術が、どういう風に進化していったかって話と関係があるからです。
ハンドボールの速攻と、その戦術的な変遷
さて、ここからがハンドボールの話になります。ハンドボールは、サッカーよりも戦術化が著しいスポーツです。理由は手が使える事と、人数が少ないのでコンビネーションを全部頭にたたき込みやすいってのがあるんでしょう。そんな訳で、サッカーと非常に似通った構造でありながら、戦術的には、サッカーより10〜15年くらい先をいってる球技です。
で、ここからがメインディッシュ的な話になるんですが、ハンドボールでは、速攻を三つのフェーズに分けて定義しています。
1st wave in Fast Back(以下 1st FB)
相手チームがシュートを打った瞬間にポスト、ウィングが相手陣内へ走り込み、そこにロングパスを通すプレーを主に指します。サッカーでは2トップにボールを当てて、そのまま一気にもっていってもらうプレーって所でしょうか。これは、サッカーのわかりやすい「カウンター」に当たります。
2nd wave in Fast Back(以下 2nd FB)
これは、サッカーでいうトップ下を使った速攻です。上記の動画にたくさんある香川のプレーです。ハンドボールでも、シュートを打った後には、相手の6人は一斉に自陣内に戻るのですが、その時に、前の3人と後ろの3人の距離が空くことがあります。相手が帰陣しきれてない状況を利用して、そのまま雪崩のようにゴールに迫るプレーです。
図にするとこんな感じになりますが、ここでGKから真ん中のプレーヤーにボールが通ったとします。この際に前にいる二人を利用した場合は1st WBで、後ろの3人の上がりを待って、そこから一気にたたみかけるのが2nd FBになります。
1988年、ハンドボール世界に衝撃を与えたのが、組織された2nd FBを作りあげたロシアで、それまで組織化された速攻を行うチームというのは無かった為、世界に衝撃を与えたそうです。
3rd wave in Fast Back(以下 3rd FB)
さて、これが一番、サッカーしか知らないと理解が難しい速攻で、僕も知ったときにはびっくりしました。ハンドボールすげーと思った事なんですけどね、ハンドボールでは、相手が全員帰陣した後でも行う速攻があります。それが3rd FBで、これを知った時には本当に感心しました。仕組み的には、
ここでGKから真ん中のプレーヤーにパスを出した後が問題になります。この真ん中のプレーヤーは大概プレーメーカーです。ひどく簡単に図にしますが、ここでプレーメーカーは、前の5人にパスを出した後、
こういう形で下がる動きを入れるんです。2nd FBで速攻に加わるはずのプレーメーカーが、ここで3rd FBを行う為に、意図的にポジションを下げるんです。
これは、1990年代後半から2000年代初期にかけて世界を席巻したスペインが使った速攻戦術で、3rd FBを作り上げる為に、意図的に、一人のプレーメーカーがポジションを2nd FBの際に下げ、そこから3rd FBの起点となって厚みのある速攻を作り出しました。
こいつは、現代ハンドボールの速攻の雛形となったスタイルだそうで、現在のハンドボールは速攻を3つの局面にわけて使いこなす能力がプレーヤーに求められているようです。
そしてハンドボールなんですが、こういったスピードのある速攻を徹底的に煮詰めて形にしたのがドイツ・ハンドボール代表のハイナー・ブラント監督。ハンドボール全局面でのテンポシュピール(ドイツ語でのクイックリスタート)という構想をぶち上げて、スペインの後にドイツハンドボールの黄金期を築きあげました。
最近のハンドボールのトップシーンでは速攻系のチームは少ないようですけど、こういう流れがあるそうです。ハンドボールでは、組織された2nd FBを使って世界を席巻したロシア、つぎに3rd FBで世界を席巻したスペイン、そして全局面でのテンポシュピールで世界を席巻したドイツという流れです。
ただ、繰り返しますが、ハンドボールのスピード化は、最近は止まってるようです。なんかあったんでしょうね。何があったかは知りません。実際の所、ハンドボールの最前線は僕は知りませんので。サッカーに応用できるアイデアでもないかと、ハンドボールに興味をもった人間なんですが。
ハンドボールにおいて、速攻を3つの局面に分けて理解し、それの局面ごとの練習メニューとかを知ると、ハンドボールはサッカーより戦術面でも練習の面でも進んでいるなあと思うわけです。10年くらいは先を行ってる感じです。手でやるスポーツなんで、戦術的になるんでしょうけど。サッカーでも、この速攻の局面ごとの練習とか、ひょっとして、モウリーニョやクロップはやってるんでしょうかね。
ハンドボールから影響を受けた監督の話
それでなんですけどね、実は、ドルトムントのサッカーみてて思うのは、これ、ドイツ・ハンドボールのテンポシュピールから着想をえたんじゃないかと思うんですよね。
あそこのサッカーは、とにかく速い。あらゆる局面で速いです。そして攻撃には厚みがって、相手がブロックを作って状況からでも、たたみかけるように速攻をかけてきます。そういう時には香川が下がってきてたり、ギュンドアンが使われたりするんですけども。
こういう攻撃ってハンドボールの3rd FBに発想が似てるし、ドイツ・ハンドボールのテンポシュピールそっくりです。速攻をかける時に、一気に崩しきれない時には香川を一回下がった位置において、そこから波状攻撃かけていく所とか全局面でハイテンポにプレーする所とか。
日本でも明らかにハンドボールの影響を受けたサッカーやってる監督がいて、それが現浦和のペトロビッチ監督です。あそこのサッカーの攻撃時のフォメは明らかにハンドボールの世界です。
広島時代でいえば、ハンドボールのポストに当たるのが佐藤寿人。ハンドボールの45にあたるのが2シャドーで、ウィングはWBです。そしてハンドボールのCBはゲームメーカーを兼ねているんですけど、この部分を後ろに残るCBとボランチが行っている。まんまハンドボールの世界です。CBがフリーランニングしたり、ポストになったりする所まで明らかにハンドボールの影響を受けてます。
図にするとわかりやすいんですけど、
ハンドボールの攻撃フォメは、こういう感じです。
そして、広島の攻撃時のフォメがこれ。ハンドボールの攻撃時のセンタースリー・フォーメーションのサッカー版ですよこれ。勿論、色々とカスタマイズはされてますけどね。ちなみに、J2の3421やってた頃のセレッソも、これと酷似した攻撃をしてました。多分、クルピも広島のサッカーに影響されたんでしょう。ハンドボールでは45のポジションはチームで一番シュートを打ちやすく点を取れるポジションなんですけど、セレッソのほうが、ここは上手くいってましたね。J2でクルピの3421は、乾香川が45のポジションにいたわけですが、二人で47点とってます。
ハンドボールの戦術とかを詳しく知りたい人は、
をどうぞ。僕も大概、ここでハンドボールの戦術や歴史なんかを知りました。
CL決勝のアレ
これ、愚痴みたいなモンなんですけど、こないだのバイエルン対チェルシーの試合の後、又、例のアンチフットボールとか言い出す人が出始めて、もういい加減にやめましょうやとか思うんですけどね。
あのですね、ポゼッションフットボールが今、もてはやされてますけど、いずれはバルサ殺しの戦術が極められて出て来ますよ。それがチェルシーの6−4−0になるのかはわかりませんけどね。クロップのトランジションサッカーだってそうです。
第一、モウリーニョを単なるカウンターサッカー屋と卑下してる人たちは永遠にモウリーニョに負け続ける運命です。あれはあれで、現代サッカーの一つの典型なんです。攻守の切り替えの速度を極限まで上げたトランジションを武器にしたサッカーは現代サッカーの典型なんだし。ボールを奪った後の攻守の切り替えのメカニズムや、相手の速攻に対する速攻とかモウリーニョのサッカーには学ぶ所もあるわけですよ。
サッカーは相手がいるスポーツであって、一つのやり方が猛烈に流行って模倣されると、それをメタした戦術が出てきて食いモノにされる歴史の繰り返しなんです。サッキの442フラットなんて爆発的に広まった後に、フラットな4バックの背後を組織的に狙う戦術が広まったせいで、今じゃ、サッキの442と同じやり方をしてるチームなんて一つもありません。
モウリーニョやクロップのトランジションサッカーだって、あれもいずれはメタされてズッタズタにされる日がきます。それがいつになるかは知らないし、クロップのドルトムントは単純に主要メンバーをメガクラブに片っ端から引き抜かれて終わるかもしれませんがね。速攻戦術だって研究されて模倣され、対策されてきたら下火になる運命です。ハンドボールの速攻だって最近は下火みたいだし。
そもそもモウリーニョのレアルって、そんなつまらないチームじゃないでしょう。バルサには負けが多いけど、それはあそこの前線の連中が守備下手orサボり気味だからですし。
これはハンドボールの話になりますが、黄金期のスペインが作り上げた画期的な6−0ディフェンスは、ユーゴと呼ばれるコンビネーションによって葬られた訳だし、同じようにフランスの無敵の5-1ディフェンスも又、ロシアのCBのフリーランニングを軸にした攻撃の前に葬られた訳ですよ。
相手がいるスポーツなんだから、そんなモンです。いちいち、アンチフットボールとか言うのはやめましょうやと。もう少し建設的にチェルシーの6−4−0を葬る戦術でも考えたらどうですかと。
野球の不文律みたいに、サッカーにも不文律がありますよ。まぁ、僕の知ってる限り一つですが、「プレゼントボールを貰ったら相手に返す」って奴です。ただ、「ゴール前を10人で固めてはいけない」なんてのは全く聞いた事ありません。そーゆールールがあるなら、去年の仙台とか今年の鳥栖とかアウトです。
サッカーじゃ、圧倒的な実力差がある場合、10人で守備固めるのは普通だと思うんですが、何がいけないんですか。10人で守って、相手のミスか味方のスーパープレーを待つ以外に、実力差がある相手に勝つ方法なんてないんです。そして、チェルシーに関しては、はっきり申し上げますが、プレミアのビッグクラブで2番目に弱いチームです。それが今年のリーグ戦の順位結果です。カップ戦は運の要素がでかすぎるので、実力差が強く反映されるわけじゃないし。
サッカーにおいて、ジャイキリをおこせる方法はそんなになくて、
- 10人で守って相手チームがミスをするを待つ
- 10人で守って自分のチームのプレーヤーがスーパーゴールを決めるのを待つ
- 相手のフィジカルコンディションが悪い場合(中二日の試合が続いている、代表戦直後など)
今回、チェルシーがバイエルンに勝つには、バイエルンがミスをするか、ドログバのスーパーゴールにかけるしかなかったわけで、ああいう戦い方をしたのは、それはそれで当然だと思うんですよ。だって、チェルシー、まともにバイエルンとやったら勝てないもの。バイヤンと速攻合戦なんかしたら、9割方バイエルンにレイプされます。
自分達が弱いチームだと自覚したら、それに頼るしかないんですよ。チェルシーの選手はスター揃いで、そんなお山の大将軍団に、「おまえ達はバイエルンより弱い」って事を自覚させないといけない。ディマテオは、この大変な仕事をやってのけたわけで。
チェルシーのやり方をアンチフットボールとか言い出したら、リーガやプレミアで、ビッグクラブとやるときの、弱小クラブはほぼ全部アンチフットボールだし。どのチームも同じように「ゴール前にバスを止める守備」をやってるし。自分達のチームより年間予算が100億多いチームに対して、あれ以外にみっともない負け方をしない方法があるんですか?僕はそんな方法知りません。
勿論、チェルシーはビッグクラブだし、アブラヒモビッチの財布を使って「あの程度かよ」と罵るなら、それはまだ理解できます。何百億もかけて選手集めてやるようなサッカーでは無いのは確かです。それを非難する気持ちは理解できます。
ただ、アンチフットボールではないでしょう。あの戦術は、実力では劣るチームが勝つ為の数少ない方法の一つです。弱小チームのサポですから、よくわかる事ですけど、弱いチームには弱いチームなりのやり方ってのがあるんです。あれをアンチフットボールって言うひとは、本気で絶望的に弱いチームを応援したことがない人です。なりふりかまわず勝ちに行くためだけのサッカーってのをしたっていいじゃないですか。むろん、暴力とシュミレーションには僕も反対です。
ビッグクラブがしていいサッカーじゃないって批判は、チェルシーは受けてもしょうがないと僕は思いますよ。でもアンチフットボールって批判は的外れだと思います。チェルシーはバイエルンとの実力差とアウェーというディスアドバンテージを考えて、唯一勝てる方法を選択し、それを実行しただけです。それは、アンチフットボールじゃありません。チェルシーの選手達は見苦しいシュミレーションや暴力を使った訳でもありません。クリーンにプレーしていました。
最後のほうは貧乏クラブのベルマーレサポやってる人間の愚痴だと思って聞き流してください。ではでは。